「人でなし」という表現はガイガーカウンター・ミーティングで菊池誠氏が使ったのだが、今回の原発災害と向き合うとき、この言葉はひとつのポイントになるかもしれない。「人でなし」のセンスは科学リテラシーと親和的だからだ。
「人でなし」たちは興味本位で動き、不謹慎で思いやりに欠ける傾向にあるが、「人情や常識にとらわれない」「自然科学に忠実」「先入観がなく合理的に判断する」長所もあると思う。義憤に燃えたような扇動者がもたらした迷惑を思えば、「人でなし」を支持する人も少しはいるのではないだろうか。
原発災害を乗り切るのにまず必要なのは科学リテラシーであって、感情に振り回されるのはよくない。たとえば、「500Bqの米や牛乳も他のと混ぜて50Bqにしてしまえば問題ないじゃん」と割り切るのが人でなしのセンスである。放射性物質は自己増殖する病原菌と違って、量の大小で害が決まる。根拠のないケガレ意識で無害なものを有害扱いすると、それに携わる人を困窮させ、復興の妨げになるだろう。
「原発20km圏周辺は人が少ないから釣りの穴場じゃね?」と考えるのも人でなしである。だがそれで釣り客が増えるなら、現地を活性化するかもしれない。
そんなわけで私は自覚的に人でなしでありたいと思う。
"これはまったく同意せざるを得ない。これは自分で書いたかのような錯覚に陥るほど。いや、僕は釣りはやらないが。
(via kashino)
2011-10-10 (via gkojax-text)(via gkojax-text)